きのうのつづき


昨日の文章を読んで、
自分の日本語力のなさにガクゼンとしつつも、つづきです。
(なんでだろうねー。あんなに本読んでるのにねー)


メサジェ展見て、気づいたことがあって。


「表現したい内容と、その表現物を制作する行為とが、大きく矛盾する場合がある」

(ほら、こういうわけの分からない文章にしか出来ないあたり、日本語が拙い…)


というのも、
「寄宿舎たち」
っていうシリーズで、
ものすごい数のすずめの剥製を使って、
それを針金でぐるぐる巻きにしたり、はたまた編んだ毛糸を着せてたり、
足にタイヤつけてたりしてる作品があって、(興味ある人は「メサジェ 寄宿舎」とかで検索してみたら出てくるよ)
それでメサジェは母親と子供の愛憎(愛情?)を表現したって言ってるらしいんだけど
(すずめを子供に見立てているらしい)


いやぁーーーーーーーーーーー、



愛情とかさーーーー


それを表現する前に、


すごい数のすずめ殺してるじゃんーーーーーーーーーーー


いいの???????????????


って思ったわけです。
しかも彼女は、死んだすずめを踏んづけてしまったことからインスピレーションを受けたとか。


えぇえ?!





でも、そういう表現のしかたって、実はよくあるのかもなぁと思いまして。
意識してない・気づいてないだけで。テレビとか。ありそうじゃない?


そーゆーのに敏感でいたいですね。